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[団塊の段階的生活] |
大阪に行き過去回想モードになる |
2008/7/30(水) 午後 7:54 |
炎天下で信号待ちをしていると、後ろの車が涼しい顔でクーラーの運転音を吐き出してくる。 しかし駅に行って電車を待つのもメンドいので、所用で大阪に行くにはやはりバイクに乗ってしまう。 やはり車が便利とは思うのだが、何故か車には縁がなかった。 せめて免許でも、と50歳になったときやっと車の免許を取得したのだが、結局車を所有するには至らず、代わりにピアノを買った。 車買っても毎日乗れるわけじゃない。ピアノの方がトク、とワケわからん比較をした。 軽自動車とアップライトがだいたい同じ価格、普通乗用車だとグランドピアノが買えそう、ベンツならコンサートグランドか、なんて思った。 現代でも私のように一生車に縁のないヒトもいるのである。 車というのは、便利なんだろけど、まあ私の生活には関係ないなぁ、とか。 30年前に付き合っていた韓国の留学生に聞いた話では、アチラでは女性が自転車に乗ることは当時はしたないことと見なされていたそうだ。 そして彼女は自分が自転車に乗るということを考えたことが無かったという。 私と自動車もそんなもんだったのかも。 買おうと思えば買えるのだが、はしたなくはないにしても何か分不相応というような気がしていた。 だからバイクになった。 ということでもないが、どちらかというと自転車には乗っていたので車よりは抵抗が少なかった。 つまり、現役社会人だった時代には自転車・電車で大阪近辺に「へばりついた生活」をしていた ワケだ。私の知っている大阪は電車で結ばれているバラバラのスポットの寄せ集めだった。 それが現役を退いた今、時々自分がバイクでいつでも簡単に大阪に行けるということがとても不思議なことのような気がする。 ヨメに言わせれば「アナタがバイクに乗ってるなんて、今でも信じられない」と。 いや、自分でもあまり信じてないのだが(^^; そのくらい、電車生活とバイク生活からくる世界観は違っているのだ。 ---- と、相変わらずぐだぐだいいながら大阪に行くのだが。 比較的長く勤めた会社の嘗ての同僚がやってるブログを見たら、当時の回想を書いてた。 ちょっと懐かしくもあり、「会社辞めてラクチンラクチン」とコメントを書いた。 彼も今はフリーになり、気ままに仕事し、多少まじめにミュージシャンやっている。 彼の返答: 「わたしらが関わる 仕事や事業体って必ず最後はつぶれるので おもしろいですよね。」 ときた(^^; http://sansyabontai.blog.so-net.ne.jp/2008-07-16 そうか。 いつも阪奈道路で大阪に出ることが多いのだが、奈良から阪奈をそのまま直進すればソノ会社を辞めてから派遣で行った大手メーカーの工場ビルにぶつかる。 そのビルの4階で私は働いていた。 当時携帯電話メーカーは戦争状態で、私も即戦力として雇われ、深夜の残業続きで帰宅できず、平日は会社近所にアパートを借りて二重生活をしていた。 そこで生涯初めての海外(ヨーロッパ)出張だの、残業費出張手当込みの生涯最高月給三桁万円を記録したりする。 しかし、すぐに燃え尽き同じ阪奈道路降りたところ直ぐにある別の中堅メーカーのマニュアル部門子会社に移る。あ、この会社は健在です(^^;・・・よね? 昨年あのメーカーは経営がごたごたし、倒産同様の負債をかかえ、携帯電話部門から撤退していった。 阪奈道路を降りて直進し、嘗て毎日入っていった門の前で右折しようとすると表札が替わっていた。 京都が本社で技術力が売り物の元気な会社の名前。 以前に倒産し吸収した大阪玉造のコピー機メーカーの名前が最後にくっついている。 そのコピー機メーカーの仕事も以前していたわけで、倒産時に仕事で立ち寄ったとき、なんとなく敗戦直後の占領軍に管理された工場という雰囲気を感じた。 最後に勤めた会社も、言ってみれば「松下さんの城下町」内にあり、結局私が社員として働いた会社5社はすべて守口・門真・大東・東大阪という典型的な大阪の家電メーカー工場地帯内にあったのだ。 しかし、電車で通勤してる限りは夫々の会社の場所は別のものだった。 バイクでたらたらと奈良から大阪梅田方向に向かうと、夫々の会社があった地域をかすめて行き、次第に私の働いてきた過去の地名がお互いに繋がっていき、頭の中で立体化していく。 「ああ、この道を行けばアソコに出るのか!」 の連続。 「この道」と「アソコ」とは今までまったく時間的・地理的に関係のない事象だったのに。 ちなみに、最初に勤めた業界は「松下さん」とは何の関係もないアパレル系だったのだが、 偶然大阪市の東の端で、一番長かった東大阪の会社とは一駅ちがいだった。 まだ時間があるのでバイクで、その一番長かった会社に行ってみた。 今年の春には「まだあった」(^^;のだが、 建物はまだあった。 しかし、見ず知らずの会社の名前の表札になっていた。 そうか。 もう来る事もあるまい。 しかし、バイクだもんなぁ。 ヒマ潰しに、面白半分でまたくるかも。 |
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