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「なのではないかなぁ、 ..![]() |
[日本語・外国語] |
「・・・のではないのかな?と思う」 |
2008/6/7(土) 午前 10:38 |
「今は国民の信頼を回復することが急務である のではないのかな?と 考えます」 「公務員としてあるまじき行為である のではないのかな?と 思います」 (その他類例多数。比較的政権担当政党所属大臣の発言に多い。) 「なのではないか?」だけなら反語で、場合によっては「のである。」というただの 肯定より断定的でもある。 そしてただの肯定よりは問いかける調子が強く、演説なんかに向いている。 だから政治家のコメントにはかならずこの反語が使われていることが多かった。 「それはけしからんハナシではないか?」 「こうするべきではないのか?」 しかし、この断固とした反語表現を使えない政治家が多くなった。 やたらとこのきっぱりとした反語に「・・ではないのかな?」という アイマイなぼかした言い方をくっつける用法が横行し、まったく耳障りだ。 え?断定する気はないんですかね? できるだけ表現をぼかし、責任の所在をアイマイにしておこうという 魂胆でしょうか? 後でこの発言の責任を問われたりすると、このような弁明をするのだろう。 「アノ時は『のではないのかな?』とふと思っただけで、ホンの軽い感想 として言ったつもりなワケで。 決して明言したワケではないのではない、ことになるのではないのかな?と 考えているワケです。」 というような弁明を前もって含んでいるようで、聞いていて不快になる。 日本語では個人の意見をいうのに常に断定を避けようとする配慮が働く。 できるだけぼかして表現する言い回しが常に開発され発達してきた。 しかし、為政者や責任者が所信を明言し、政治的非を断定できなくてどうする? このようなあいまいな表現を「つい使ってしまう」軟弱な態度は、 為政者として、いかがなもの・・なのかな?と思ったりもしたり。 |
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