文は意図なり .. ロスインゴ・ベルナーブレス
[日本語・外国語]

入居者様募集中

2018/11/23(金)19:6

NHK 「クローズアップ現代+」2018年11月12日(月)
暴言に土下座!深刻化するカスタマーハラスメント
町のコンビニやス―パーで店員に理不尽で極端な謝罪を要求する客が増えているという。

この中で、「アメリカでは売り手と客はあくまで対等、こんな事態はあり得ない」とはゲストの厚切りジェイソン様のコメントがあった。
そういえば、ヨーロッパでは買った客も売り子に「ありがとう。さよなら。」と普通に挨拶を交わして出ていく。
やはり日本の売り子対顧客の関係はかなりエゲつない上下関係になってしまっているのは間違いない。
原因はいろいろ考えられるが、私は間違いなく日本語が正しく使われず、コミュニケーションツールとしての役割をもはや果たしていないことが根幹にあると確信している。

この欄でもいろいろ曖昧で言語センスが感じられない日本語の言い回しをあげつらってきた。
 〜ということがきわめて重要、なのかな、と思います。(国会議員)
 これが五代の輸入した鋳造機のホウにナリます。(造幣局職員)

というような、断定をさけ出来る限りぼかした言い方が耳に着く。
それだけなら日本語の表現の幅の豊かさの副作用か、と話者の感覚に苦笑するだけでいい。
しかし、それを「不快」と感じる者がもう私の周囲には誰もいず、一般通常の日本語として平気で受け入れてられてしまっているような現実が恐ろしい。

近所のアパートに「入居者様募集中」と大書した幟が、それが当然というがごとく平気で掲げられていたのには驚いた。
なんでこんなところに「様」を?
入居者募集中」で何が不足しているのだろうか?
なんでも「サマ」を付けておけば問題ない、という魂胆か?
「保護者様」
「債権者様」
「納税者様」
「入学者様」
「園児様」
「お子様」なんて直接子供に呼び掛けるモンじゃなくて、その親に対して使うヤツだな。
考えてみればイオンだって「お客様感謝デー」とか大書している。
昔は「顧客謝恩日」のような感じだったとおもう。
「お客様」とは直接相手に向かって使用する「話し言葉」で、掲示の書き言葉だったらニュートラルな「顧客」でよい。標題とするなら「顧客各位」。
書き言葉と話し言葉では位相が違うということもだれも考慮しなくなった。

「料金・ETC通行料金をお支払いいただけずにご通行されたお客さまへ」
ETCカードを車載器に差し忘れてご走行されてしまった場合や、料金所に気づかず通過してしまった場合など、通行料金をお支払いできなかった場合は、そのまま目的地までご走行ください。
その後、安全な場所から下記のいずれかの方法で通行料金をお支払いください。

                  (阪神高速道路 HP 「通行料金」より)
タイトルで「お支払いいただけず」 本文で「お支払いできなかった」 というような細かい齟齬もあるのだが、全体にぐちゃぐちゃと余計な丁寧語の乱用で意味をとるのに時間がかかり、イライラしてしまう。
「慇懃無礼」とは少し違う「慇懃不快」とでもしておこうか。

「様」の乱用で思い出すのは「先生といわれるほどバカでなし」といういい方。
「大将!社長!先生!」とかよびかけられるのは営業政策上のハナシで、それに気を良くして金を出すほどお目出度くはないぞ、という感じ。
「お客サマと猫撫ぜ声で呼ばれるほどバカでなし」と私なんかは思うワケだ。

いつもこのように無暗に奉られていると金を出す方の自分は「エライ」、買ってもらう方の店員より格上の存在になっている、と思い込んでしまうこともあるのだろう。
「お客様は神様です」との営業戦略上の策略を毎日聞かされていると。

いや、それだけなら理解の範囲内。
私が危惧しているのは奉られる客側の事ではない。
今や、土下座までする店員自身も「客は自分より絶対的上位の存在である」と思い込んでいるのではないだろうか?

普段「お客さま、お名前を頂戴させていただいてもよろしいでしょうか」とかの馬鹿丁寧な言葉使いに慣れてしまうと次第に自分自身もその言葉のレベルに感応してしまう。
そして遂には客の言う事には無条件に従わなくてはならないのだ、と思いこんでしまうのでは?

冒頭、クローズアップ現代+の厚切りジェイソン様(この場合の様はもちろんレトリック)は同様に「一人の理不尽な顧客を相手して時間を費やしている間に三人の他の顧客を逃してしまう」とも言っていた。
営業政策上ではこの理不尽な客に「帰れ」と一括し、他の三人顧客の応対に回る方が良いに決まっている。
それでもその理不尽な客の応対に長時間を割くということがあるとすれば、すでに合理的な営業態度ではなく、営業論理以外の領域に入り込んでしまっている。
店員側も「お客様は神様」と本当に思い込んでいるものと理解するしかない。

日本語の表現の豊かさがアダになり、現在では曖昧で無意味な悪しき用法が横行し、その結果人間社会の基本的なコミュニケーションツールとしての役割すらこの言語に期待できない状態になってしまっている。
「悪貨は良貨を駆逐する」ばかりか悪貨が世界を崩壊させていく。

どうやら日本語は現在の日本人にはもう使いこなせない高級すぎる道具になってしまったようだ。
日本語から誤用・乱用を促す敬語や丁寧語、その他細かい表現のニュアンスを担う多数の語彙をすべて廃止し、簡単な骨組みだけに限定すればいいのだろうが。
それよりいっそ、日本の公用語を英語に切り替える方がてっとり早いかも。


後日付記)
相手に対面しながら発話する話し言葉なら「ご家族様は・・」という過剰敬称用法もよく耳にする。
しかし、TV放映されている広告中「ただし、一家族様2セットまでとさせていただきます」と言っているのは耳に小汚い。 この場合、この「家族」が意味するのは抽象的な単なる単位としての「家族」で、対面する「相手の家族」を直接指し示しているのではない。
こういう過剰敬称用法が拡大していくなら「小家族様用」とか「貧困家庭様向け」とかの実用化もいずれは(^^;  
(1/20 2021)
文は意図なり .. ロスインゴ・ベルナーブレス