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[時爺放言] |
NHK、困っちゃいますね。 |
2008/06/17 |
NHKの報道番組を見ていると、何かぶつくさ言いたくなる。 よく考えてみると、どこか公務員サマに対するようなホンネとタテマエの乖離、つまりは偽善性をよく感じるからという理由のようだ。 公務員の偽善性とは「公僕」として公共の利益に奉仕するタテマエでありながら、その実は私とまったく同じように私利が優先するホンネが見えてしまうことである。 しかし、先週報道された金融庁高級職員が個人タクシーから金品供与のサービス受けていたことはけしからんとは私は思っていない。多少品格に欠ける行為であるだけで、全体にマスコミのはしゃぎすぎだと思う。 で、NHKさんは「公共放送」と「報道の中立」というタテマエを全面に出しすぎ、返って不自然なことになってしまい、これはホンネ(ほんもの)とはちがうなぁ・・という印象を常に与えてしまっている。 その不自然さを「良し」とすることを、「欺瞞」と日本語ではいうのである。 極端に放送中に企業名を隠すことも現在では非常に不自然になっている。 「あるメーカーでは・・」と企業名を隠すのだが、名前を言わねばニュースソースがはっきりしない。 解説者には企業の研究者を呼ばず、かならず大学教授を引っ張ってくる。 しかし、最近の大学は野球場でも堂々と広告しているくらいの営利企業化しているので、教授の所属大学名をぼかす必要はないん?と逆に思ったり。 ニュースソースを悪用してインサイダー取引をしていたという不祥事があった。 公共放送=人々の全体の利益に供するために報道するのがNHK社員だが、私利を計るためにニュースソースを利用していた。けしからん、というワケだ。 実際、本当に公共性や中立性という抽象的概念が個人の利害を超えたところに成立するとNHKの職員が別に本当に考えてるワケではなく、こういうところで馬脚をあらわしてしまう、というのが私の印象だ。 NHKサンではタテマエが立派であるだけ、実態とは違ったものになっていて、誰も本気で信じているワケではなく、ウソを承知で口にするという体質になっているんではないの? つまり偽善が横行しているということだ。 報道番組の解説者や特派員、あるいは実況担当者のヘタさにいつもうんざりする。 不自然な口調がやたらと多い。 すべて事前に作文した文章を読み上げているのが丸見えなのだが、表面上は現在自発的に即興で喋っているという演技をしているのである。 だからイントネーションが非常に不自然になってしまう。 口話では絶対にないような、非常に長いが、主語と述語が絶対省略されたりせず両側にきっちり収まっている文章を「喋って」いたりもする。 事前に書いたセリフを読まねば何か失言をしてしまうのだろうか?あるいは事前に上司のハンコをもらう必要があるのか? 特に海外放送局のニュース取材記者の生き生きとした口調を聞くとき、このNHKの放送記者の日本語口話の不自然さといつも比較してしまうのである。 唯一このNHKのアナウンサー口調に匹敵する海外放送局が北朝鮮の放送である。 あのアナウンサーの感情たっぷりな芝居口調は、紹介されればいつも楽しく拝見している。 一方は個人的感情・主観を完全に消そうとし、一方では客観を完全に廃し、大げさで主観的な演技で報道しようとしている。 つまり本人の生の感情がタテマエという大義名分で完全に隠さねばいけないという似たような職種の方達である。 特に若手のアナウンサーで顕著なものに、不自然に矯正されたNHK標準語アクセントというのもある。 絶対に日常ではこの人はこういう口調で喋ってはいない。 自分の言語で喋ると方言になってしまい、「公正・中立」というタテマエがくずれるからということだろう。 そんなバカなことはない。 自分のコトバで喋らないから、ウソを平気でつくようになる。 いわばウソ(=ホンネではないこと)を当然と思ってしまう体質がここにある。 そして、そんな必要もないのにニュースの最後につけることになっているらしい「・・が問われていくことになります」「見守っていく必要がありそうです」とかいう無理にこじつけた結論口調。 これを「おりこうぶり」と称することを私は提言しているワケだけど。 ---- あ、ごめんなさい。↑ここまでが前置き(^^;とにかくNHKの報道番組にはイライラするのでぶつくさが長くなる。 といって他局のヤツはもっとイライラするのでNHKしか見ないのだが。 このニュートラル(中立)であることを貫けば真実に近くなる、という立場の欺瞞を例証する他の記事があったので紹介したいのだ。 手話というものもかなり「方言」があり、人によって違うらしい。 ただし、日本語手話としての文法が統合している限り、方言が違っていても理解することはできる。 NHKの手話ニュースではこういう「方言」を一切使用しないような手話通訳をしているという。 『日本手話を第一言語として使うろう者と、日本語を第一言語として使う中途失聴者、というまったく異なるコミュニティーに対して、同じ言葉を使って「手話通訳」や「手話ニュース」と言ったサービスを提供しようとすること自体に無理があるのです。 言語は最大公約数でつくれるものではありません。中途半端につくられた言語は、本当の意味で「みんなの手話」にはなりえないのです。・・・』(酒井邦嘉)・・・堀田凱樹・酒井邦嘉 「遺伝子・脳・言語」中公新書 2007 文中、NHKとは書かれていないが、いかにもNHK的発想であるという真実が私には見えてしまう。 全ての個人的な感覚・感情を排除していけば「真実」が残るのではない。 「公正・中立」という理念はそういう単純な検閲をすることではない。 奢るな、NHK。 どうしてニュースソースを勝手に抽象し、編集し、解り易く「これが真実です」と結論までつけて提供するというような、傲慢な意識を持ってしまうのか? 生のニュースソースや個人の感情・感覚から自分の「真実」を見つけるのはあくまで視聴者の側の作業である。 blog upload: 2008/6/17(火) 午後 4:12
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