多様な世界・多様な夢(1) 多様な世界・多様な夢(3)
[時爺放言]

多様な世界・多様な夢(2)

2008/08/25
「環境にいい」ってどういうことだろう?解釈や解法はさまざまで、個人の行える方法もさまざま。

まあ、一般的には「自分の手さえ汚さなければ、後は別に考えなくともいいだろう」・・・くらいのスタンスの方が多いような気がする。

といえば、あまりに自分が標準だという見方すぎるなら、「お役人やテレビの広告で言ってるんだから、ウチもなんかしないといかんのかいなぁ」・・・くらいのスタンスの方もいるようだ。

まあ、私は正攻法としては:再生古紙を使うより、紙を使わない方がいい。
バイオエタノール入りのガソリンを使うより、車を使用しなくて済む運送方を考える方がいい。
ゴミの分別収集を徹底するより、ゴミ自体を出さない方がいい。
というのが理論的には正しい解法だ、と思っている。

しかし、もうこの辺で事情が違ってくる。

「再生古紙を使っているから、年賀状は今までどおりバンバン出してもいい」「バイオエタノール配合しているから、いままでどおり車を使っていい」「ちゃんと分別して廃棄してるから、いままでどおりどんどん捨てて新しいもの買ってもいい」という免罪符的な、ま、いえば「自分の手さえ汚してなければ」というようなコトになってしまっているように見える。

現在の自分のライフスタイルは自体は変えたくないので、モノの方だけを変えるのだ。

それでも、何もしないよりはずっといい、という人もいる。
そかな?

古紙再生もバイオエタノールも分別収集も表面上は「環境にいい」ように思ってしまうのだが、実際上の中間コストの計算を一切無視して考えるのが普通のようだ。

極端に言えば「石油の消費を抑制するために混入するバイオエタノールを製造するためにもっと多くの石油を消費している」という結果にもなってるのかも。

しかし、こういう中間コスト計算のデータは無視してもいい、ということらしい。
厳密にいうと、あまり効果ないのかも知れないが、「何かしなくては」という危機感を持つことが大事ということなんでしょうね。

いやあ、ソレでもいいと思いますよ。

私は多様な価値観が共存する世界が一番住みやすいので、「そんな精神論は意味ないので、やめなさい」とはいいません。
ウチの自治会の会長として率先してゴミの分別収集に協力させて頂いてますよ。

ばかばかしい、とは思うけど、社会生活のルールってそういうことですから。
blog upload: 2008/8/25(月) 午前 2:15
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