猫のフーガ (D.スカル .. 私のピアノの高層昇華
[ピアノのお稽古]

おさわりピアノ練習家の悦楽

2021/12/24(金)1:39
今年春に2年通ったピアノ教室を止め、元のピアノ自己流練習家に復帰。
二年前にストップしたところから徐々に独自の"ハン・ミュンデンメソード"(^^)に依るピアノ練習家生活を再開 。

私のリカバリーポイントはショパンのソナタNo.2、No3の暗譜途上地点だった。
全曲、とは言わないが単一楽章を暗譜するのにも何年単位の時間がかかる作業。
それでもショパンの感情や熱がその一部でも私の指から立ち上がる感覚は他では得られない愉悦だった。

思えばピアノ教室では一つの教材曲を完成することが目的になっていた。
それは発表会や演奏会、あるいは単にストリートピアノで他人に聞いてもらうという前提があるからだろう。
二年間、私は5分くらいで演奏できる小品を持っていって3ヶ月や半年かけて、人前で通奏できるように訓練してもらった。
私にしても街角ピアノで喝采をあびたい、というヨコシマな下心がなくもなかったのだ。
それはそれで細部をごまかさないで厳密に暗譜すること、運指の癖を修正すること等、得るところはあったのは確かである。

しかし自己流のピアノ練習の日常を再開し、私は自分のピアノの愉悦が人前で演奏することではなく、あくまで自分が感応する作品の中にいつまでもたゆたっていたいという希求にあることを明確に自覚した。
人前で演奏するとき、何事かの高揚や、刺激、感情を共有し増幅させる歓びがあることは想像できる。
だが私の場合、他人に演奏を聞かせる行為は私の音楽体験を豊かにすることにまったく貢献しない事を再確認。

自分のピアノと作曲家の作品さえあればいい。
どんなに不完全であっても私の指から日常とはまったく別の世界の感覚が蘇り、好きなだけその世界に浸っていられること。
それこそが愉悦としかいいようがない時間。
そして、もう私の時間はあまり残っていないのだ。

もう一切人前で演奏しようなどと、邪悪な欲求に迷わされる暇はない。
自分と作品だけの世界にとどまっている時間を邪魔されたくはない。
私はもう一切他人に演奏を聞かせることはないし、他人から学ぶことも一切ない。
そんなことをしても、大きく音楽的に飛躍できる時間的余地はまったくないのだから。

ここにしてはじめて、一作品の演奏を完成し完結させることを私は目的にしなくともいいのだと気がついた。
ショパンのソナタの全曲を通奏したいのはやまやまだが、しかし私の中では豊饒な楽想のサワリだけを演奏することでも十分充実感を得られるのだ。

ここにして「サワリ専門練習家」を私は宣言する次第(^^;

思いかえせばバイエルやツェルニーをやった経験がない。
高校の音楽室にあったピアノをイジれる時、ショパンの幻想即興曲の中間部の特徴的なメロディの一節、それだけを何時間もかけてさぐり弾きしていた。
それがピアノ練習の最初の手始めだった。
そして、そのようにして私は「曲」ばかりを弾いてきたのだった。

あるとき、ピアノの講師につこうとしたら、「何を今やってる?」と尋ねられた。
「ショパンの・・と、シューマンの・・とか」と答えたわけだ。
するとそのピアノ教育専門家はこう言ったのだ。
「え?曲ばかりじゃないですか!」
ピアノの教えを請うとき、ツェルニー何番とかクラマー=ピュローのどのあたり、とか伝統的教則本の課題曲を伝えることになっているらしかった。

最近二年間のピアノ教室は大人のピアノ自由レッスンということで、勝手に自由曲を持っていて見てもらうという形式だったのだが。
それでも殊勝にも、そういう嘗ての経験からクラマー作曲、H.ビュロー解説の練習曲集を並行して用意していったものだった。
しかし、もう私には運指練習だけをしてる余裕はない。
私は自分の好きな曲のサワリだけを練習し、サワリだけを弾く。

ショパンのソナタで言えば、No2の第1楽章の提示部だけ。
展開部を省略していきなりコーダにつなぐ(^^♪。
第2楽章ロンドの中間部省略。
第3、第4楽章はまったく不要。(暗譜は易いのだが)

ソナタNo3の第1楽章の提示部を反復し、第一テーマが終了し、ただちにコーダに。
ちなみに、現在の演奏家はこの提示部の反復演奏はしないらしい。
だから反復記号の書かれた小節が決然と再び第一主題に流れ込む魅力的な効果を演奏会で我々は聞くことはない。
この一小節の効果を知っているのは私だけなのだ(^^;

後、シューマンの幻想曲の第2楽章提示部のファンファーレだけ、とか、クライスレリアーナの開始第一曲だけとか。

そのような昂揚に満ちた至高の部分だけを練習し暗譜し演奏すること、それだけで私は充分満ち足りる。
これがおさわりピアノ練習家の密かな背徳的悦楽なのだ。

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