いのちの饗舞台 | 三月の過去や未来.. |
[団塊の段階的生活] |
三月の過去や未来 (1) |
2012/3/26(月) 午後 2:55 |
もう三月下旬。
今年の冬は異例に寒かった。
その寒さまで地球温暖化の影響と言うのかと思ったら、さすがにそのようなことは聴かなかった。昨年の地震以来、どうも地球温暖化騒ぎが元気ないようだが、どうした?ギリシャ危機の方にみんなで行っちゃったとか?まあ、そんなトコか。
この三ヶ月、バイクで外に出る気にならず、室内自閉気味だった。
おかげでピアノがやたらと上手くなった。
昔、手こずって途中で放り投げたラフマニノフの前奏曲2曲やリストの愛の夢No.3、ショパンのバラードNo.1とかがおもしろいように暗譜できてしまう。
もっとも最近私が独自開発したハンミュンデン・メソードの威力に負うところが多いのは否めない(^^;
それに少し狡賢くなり、例のショパン・ノクターン第八への19世紀アナクロ様式思い入れたっぷり風表現も自在なテンポルバート技術を駆使し、何とかサマになるようになった。
自分でやって実感するのだが、感情過多な音楽を何食わぬ顔で演奏するのは至難で、目をつむり感きわまったように首をゆするというような、まったく気恥ずかしいくらいの視覚的演技をくっつけないとやはり「間が持たない」、というか間の抜けた演奏になってしまう。
こういうのって、自分がやる分には演技として自分で楽しめないこともないのだが、他人がやってるのは絶対見たくないですぅ。はい。
私は大時代的感情の直喩には気恥ずかしくて耐えられない性格なのでございます。
後、意識してブログに記事をアップするようにしていた。
個人終了日程に基づく身辺整理計画の一環で、頭の中の未消化素材を吐き出してすっきりしたいということがひとつ。
とにかく何か喋っていないと、記憶やコトバ操作がかなり怪しくなる現象が出現してきたのがひとつ。
両方併せて老化順応対応策セット。
バイク・ツーリングネタがないので、脳内ネタに頼ることになるが、たとえば小島剛一氏をネタに書き出すと、付随記憶をいろいろ掘り返せることも多かった。
このノリで過去の旅行だとか、職場だとかのイベントを書きだすと結構時間が潰せ、後10年くらいの残り時間はさっさと終えてしまえるだろう。
生涯で一冊の本は書かないと、なんて若年時には思ってたが、インターネット時代のおかげで本を書くまでもなく、手軽に文章を捏造する手段は手に入れましたぜ。
ちなみに、ここのブログでは非公開の内緒記事も裏で日産しているのである。
忙しいのだ。
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