消費税逆進性のウ この世は天国? ..
[団塊の段階的生活]

この世は天国?

2012/7/23(月) 午後 4:00
(1)
午後の日課はスポーツクラブでのトレーニングだったのだが、やはり(^^;膝関節を痛めてしまった。
この春からランニングを外し、柔軟運動がメインのトレーニングに改め、めでたくおじいちゃん度が一ランクアップした。
しかし、捕まって計られてしまった筋肉量は未だ標準男子38歳平均レベルが維持できているとの結果。
ちょいと自尊心もくすぐられ、では、と30分のランニングを諦めた代りに、積極的にスタジオプログラムに参加することにしたのだ。
 
すると意外とコレが面白く、特にエアロビクスの初歩クラスでは女性陣に混じって私一人が黒一点の常連になってしまった。
もっとも、夜の上級クラスに行けば若手男性はいるのだが、昼間のおじいちゃん達にはエアロビクスは絶対に無理のようだ。
 
ヨガのクラスでも、両手で全体重を支えてバランスを取る「鳥のポーズ」、「三点倒立」や、体側のかなりの柔軟性が必要な「鳩のポーズ」、腹筋バランスの「秤のポーズ」、「Y字バランス」等、私にできないポーズはないのである。
 
そんなあられもない身体的自尊など何のクスリにもならないのだが、それでもこの「午後の仕事」を飽きず続けるモチベーションくらいにはなる。
 
(2)
終わって、風呂で汗を流し、近くのダムサイト等で本を読みながら夕方の涼を楽しむ。
「ドイツ語の本」と野外徘徊のホウでは書いたのだが、別にドイツ語で書かれた本とは言っていない。
ま、中級ドイツ語学習参考書だがね。
 
白川ダムでは、昨日午後7時過ぎに夜の気配が濃くなってき、そろそろ帰るかと思ったら、急に涼風が立ってきたのだった。本は閉じたのだが、あまりもったいないので、もうしばらく涼んでいることにしてI-Phoneで音楽を聞く。
 
ショスタコービッチ交響曲第八を仕入れていた。
次の第九では少しこの大曲主義への反省が見えるのだが、コレは第一楽章だけでも30分近い長大なヤツ。
長大さでは「ショスタコビッチのボレロ」が楽しい第七、軽妙さではその第九、という奇数モノに挟まれ、あんまり演奏されないので、私もそんなに回数は聞いていない。
長大な割りには物語性はあまり感じられず、奇想曲といった趣だな。
しかし、流石のあらゆる管弦・リズムを駆使したショスタコビッチ節が楽しく、そのままじっとり深夜までダムサイトで聞き入ってしまった。
結局、先鋭な和声感、はっきりしたリズム感のこの人の管弦の響きへの好みは、高校生の時から変らず。
深化もせず、老化もせず。やれやれ。
 
(3)
そうなんだ。
別に夜になったから家に帰らねばならないことはない。
別に明日までにやらねばならないこともない。
ついでにいえば、別に明日以降もやらねばならないことなんて、 ひ と つ もない。
 
    ♪ うれしいな
       うれしいな
       じじィにや 学校も
       試験も 何にも ない ♪   (ゲゲゲの鬼太郎のフシでどうぞ(^^/)
 
子供時代が終了し、学校から開放されても、会社・仕事から逃げ出すワケにはいけなかった。
やはり、何かにせかれて、追い立てられてここまでやってきたような気がしている。
 
今、本当になぁんにもせんで ええんかいな ?
 
と自問したりしもするのだが、論理的には私には別にせかれてやらなければならないことなぞ何もない。
昼間のスポーツクラブでは、うるさいジジイ共が傍若無人風に空疎な高笑いを繰り返すので辟易するのだが、
しかし、今日は一つだけ、風呂であのおっさんのもらしたセリフが妙に共感できてしまった。
 
「こんな時分から風呂よばれさしてもろて、ホンマ天国やな。」
 
王侯貴族でもないのに、私のような普通のおっさんが、昼間から風呂で汗を流し、なにもせずのったりと過ごしているのだ。
このような平和で豊かな時が果たして過去の人類の歴史にあったのだろうか?
これはどう考えても輝かしい人類史の一大帰結であるのに違いない。
 
ただ、私がそれを享受することに未だ 慣れていない だけなのだ。 


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