ポンピドーセンターに行く。

今ではあまり大して面白くもない建物だが、ひところの流行は感じさせる。
案内係りに、ここの美術館の所蔵作品とオルセーとの違いをたずねる。

1905年から1960年がポンピドー、以前がオルセーという感じだそう。
---マネ・とかモネとかは?
---モネはこちら、マネはアチラ。
うむ。
私の目的はポール・デルボーの一作品。
初めてパリに一人で来、ポンピドーの美術館で見た作品である。
それからオルセーができたので、一体どちらに収蔵されているのかわからない。
デルボーならポンピドーだろう。
ガラス張りの外部エスカレーターで4層目の美術館に入る。

この階はモダンアートばかりで、目当ての作品はない。
5階に上がる。
1905年からのコレクションが経時的に始まる。
すぐマチスやカンディンスキーが通路に展示されているのが目に入る。
うん、うん、さすが・・・と思っていたらカメラの電池が切れてしまった。
ここでも入り口で、写真撮ってもいいかと一応お伺いを立ててある。
「写真可、だだしフラッシュなしで」。
どこの美術館でも同じである。
しかし電池が切れて良かった。
リヨン美術館でしたように、見知った作品を根こそぎ撮影していると、とんでもないことになる。
ルオーなんかは一室にびっしり50点くらい展示してあるのだ。
ダリとかタンギーとかのシュールレアリズムの部屋を探すがデルボーは一点もない。
係員に尋ねる。
---ポール・デルボーはどこですか?
---え?誰?
うわぁ、これは難題。
「デルボー」というカタカナでしか知らないのだ。
カタカナでは判別できない「ル」の音と「ボ」の音二つも入っている。
順列組み合わせを何種か試す。
---ああ、Delvaux、シュールレアリストの?
---そうです!
教えられた部屋に行くがデルボーはない。
ここでも係員に聞くがラチがあかない。
二人目に聞くと「4層目のメディアティックで調べたらよい。」とのこと。
そういえば、4層の階段の上がり口にメディア図書室があった。
担当者が”DELVAUX”を検索してくれる。
---2点だけあります。
と画面に表示してくれた。
私が25年前に見た作品は「アクロポリス」。
しかし現在は公開していないという。
---どうして非公開?
---さあ。所蔵品を全部公開しているわけではないので。
保存上の問題でストックしているのもある。
もし作品をきっちり特定し、目的をかいて申請すれば、ストックに入り見る
ことはできるが?
---いやいや、そこまでは。ただちょっと懐かしいので見たかっただけで。
かつてこの現代美術館に初めて来た私は、有名画家の「高価」なオリジナルが、いとも無造作に壁に架っていて、手をのばせば触れられるようになっていることに驚愕した。
日本に来るとすれば厳重に2重のガラスのバリアの中でしか公開されないだろう。

(Paul Delvaux "Acropole")
ふと見ると目の前にポール・デルボーの、静止した夢の中の光景が架っている。
中央の人形のように動かない美女は胸を私にはだけ、乳房を見せているのである。
何故かダリやルネ・マルグリット等のシュールレアリストの絵が喧伝されていた時代だった。
ポール・デルボーの描く静かで妖艶な女性達にも私は親しんでいた。
私は驚愕し、辺りを見回した。
誰もいない。
よし。
ひそかに用意の小刀を取り出し、左上の隅の額縁にそうように刃を合わせ、ぐいと力をこめた・・・ りはできなかった。
「手で触れてはいけません」と書いてあるので。
目の前にある、この妖艶な美女のおっぱいをひょいと指で触ってみたかったが、手を伸ばすとやばいだろう。
それでは。
ということで私は目を美女に近づけ詳しく観察している風を装いながら、すばやく舌を突き出した・・・
25年前に微小な湿気による瑕疵が発見され、美術館当局が緊急に対策した結果、この作品を以降非公開と決定した、のかどうかは定かではない。
今回、データベースで検索してもらって、嘗ての憧れの美女のお姿を、バーチャルな形ですがやっと拝見できました。
25年前の一件を彼女はまだ覚えているだろうか?
直接会って是非挨拶したかったのだが、それはそれでしかたがなかろう。
倉庫保管作品の閲覧申請書の目的に、まさか「ちょっとご挨拶に」と書くわけにも。
ポンピドーセンター一階で、学生諸君のように床に直にヘタりこんで、無料WiFi(無線LAN)を試みる。

だが、これも不首尾に終わった。
隣の学生風に聞くと、先ず登録が必要とか言ってたが、係り員は「そんなの不要」と。
しかし、Centre Pompidou Libre_Access(無料アクセス)の網は見えるのだが、一向にエクスプローラーが反応しない。

まあ、いいか。
そろそろ、立ち去る時間である。

|