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[サラエボから東ベルリンへ]

 トリエステの坂道 


'01 2月3日(土)1
トリエステ早朝。

ホテルから直ぐに通りかかった橋からの眺めだが、 ”ポンテビアンコからのカナルグランデ”とGoogleマップに紹介写真が出ている。

イタリアがスロベニアの中に突き出している飛び地のような港がトリエステ。
100年前からイタリアの版図になっている。いろいろややこしい経緯があるのはバルカン半島に共通する。昔からアドリア海の交通の要所であったのには違いない。

トリエステの坂道。

”トリエステ”の語感は先ずフランス語のtristes(悲しみ)を引き寄せる。
カナで書いてもなにか突出したような独特な語感があり、忘れられない響きがある。

後年、須賀敦子の「トリエステの坂道」を知ったのもその響きが共振していたからだったろう。
このそれほど知られていない作家の回想には私の心情とどこか共振する部分があった。
おそらく”トリエステ”という語感に感じたのも同じような色彩だったと思われる。

押さえた筆致で青春の彷徨を記し書名に「トリエステの坂道」というイメージを封じ込めた感覚。

そして須賀は最後に「アルザスの曲がりくねった道」を企画し、未完のまま世を去った。
どこか須賀の彷徨は私が何かを得ようとしてヨーロッパを歩きまわっていた時代の空気、いや誠実に生きようとする若者が抱かざるを得ない憧れと蹉跌が混じり合った心象風景を伝えていると思える。
 ⇒「須賀敦子の彷徨」2009 
またこの旅行でも4日後に”アルザス”に滞在することになるのだが・・・

何か、↑そんなキザなコメントでも付けて装飾過多にしておかないと、何とも浮いたポーズでバカバカしい写真を撮っていたもんだ(^^;

城壁。

これからサン・ジュスト大聖堂、サン・ジュスト城に行く途中。

トリエステの坂道ポーズ。

城壁ポーズ。

城壁への坂道ポーズ。

ツカレタ(^^♪
サン・ジュスト城入場券
やっとここでまっとうな観光施設に入場し、まっとうに海外観光旅行の実ができた(^^♪
サラエボからザグレブへは”なんとかヨーロッパに脱出”という気分だったが、トリエステからはもうおなじみの国に遊びに来た感じ。
やっといつものユーレールパスの出番、というわけでもある。


サン・ジュスト城壁内の武器博物館。

早朝だからか、冬場だからか、まだそのような観光時代ではなかったからか。

町にも博物館にも人はまばら。

キザなポーズし放題。

外の城壁に。

ポーズするならここだよ。

朝のアドリア海。

ここで初めてトリエステという町の地理的性格が見えてきた。

実際に海からすぐ丘陵地になる坂の町。



お二方とも笑顔がないのが笑わせる。

サン・ジュスト大聖堂前の石畳坂道。


トリエステの坂道で。


メモによればヨメは町で毛皮のコートを買おうとしたらしい。
以降も幾度となく海外旅行をしたが、いつも搭乗時間ギリギリまで免税店で物色するヨメに悩まされた。 さすがに近年はソコまでではなくなったが。

ローマ時代の円形劇場の遺跡。

至聖三者聖スピリドン・セルビア正教会聖堂、セルビア正教、とかウィキペデイアに。

オペラ座か?
昼前トリエステ駅からミラノ行き方向に乗車。
ユーレイルパスとトマスクックの使い始め。
up:2025/3/13(木)2:4
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