カトマンズで死ぬ 造幣局桜の通り抜..
[団塊の段階的生活]

カトマンズで死ぬということ(4)

2015/3/31(火)3:29
(3) 深夜、関空にて  (2015年3月5日-6日未明)


(関西国際空港 午前0時)

3月5日夜9時、関空着。
国際線発階に行きチェックイン案内ディスプレイを見ると既に予約したタイ航空のバンコク・トランジット便のチェックインが始まっていた。
深夜便なので空港内にはあまり人影はない。
しかしタイ航空のエコノミークラスのチェックインエリア内には既に10名くらいが列を作っていた。

私は夕刻、家を出る前にオンラインでチェックインを済ませている。
ただ荷物を預けるだけでいいのだ。

チェクイン・エリアの案内をしている制服のおネエさんにオンラインでチェックインを済ませている旨を伝える。
「では、こちらへどうぞ。」
心得たとばかりに誰も並んでいないビジネスクラス専用カウンターに導かれる。
エコノミークラスのチェックイン行列を後目に、ちょいとスノッブな気分に(^^)。

荷物はこれこれ、書類はこれ、とカウンターのおネエさんに託す。
一応型どおり書類の確認をし、委託荷物はこれだけですか、とかの確認があり、ここで思いもしなかったセリフを聞く。
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「実は、ご存知だと思いますが、カトマンズ空港が現在事故で閉鎖中で、バンコク->カトマンズ便は欠航しています。」
バンコクまでは行けるがそれから先はない、というのである。

「ええっ!」

【3月4日 AFP】ネパールの首都カトマンズ(Kathmandu)の国際空港で4日、乗客224人を乗せたトルコ航空(Turkish Airlines)の旅客機が着陸の際に滑走路を外れ、脇の草地に進入する事故があった。

「ご存知」じゃないよ!
オンラインではバンコクーカトマンズのチェクインも現に出来てしまっているじゃないか!

「どうされますか?バンコクまでは行けるんですが。」
・・・と言われても。
いつ空港閉鎖解除になるのかはわからないという。

何ということか。
荷物はそのままカウンターで預かっていてもらい、チェックインエリアから出て深夜の国際線出国階ロビーのベンチでとにかく情報を集め、対策を協議する。

航空券を手配してもらった窓口、キティピンクカード・コンシェルジュ、JTBキティカードディスク等に電話。
とにかく旅行は中止せざるを得ないが、航空運賃等の払い戻し処理やその他の手続はどうなるのか。
しかしもう深夜のことで、24時間対応を謳っているピンクカードディスクの担当者も、具体的な代置案や事務手続きに関して明確な解答は出てこない。

死亡保険目当て(^^;で少々無理して発効させてきた海外旅行保険が役立つかもしれない。
まだ日本に居るのだが、もう保険適用条件は成立しているはずだ。
確か保険条項の中に「遅延・欠航による損害補償」の規定もあったようだ。
保険で旅行費用がすべて補償されるのなら、即全行程をキャンセルするのが得策だろう。

・・海外旅行保険の委託先の保険会社とも話をするが、こちらも深夜勤務の方しかいない。
私の質問への即答はなく、折り返しの電話を待つのみ。

やっとカード付帯海外旅行保険の「遅延・欠航補償」の内容が明らかになる。
「4時間以上の遅延の場合、空港内で待ち時間に使った食事代金を2万円まで補償いたします」と。
考えてみればまだ何も食べていないのだ。
チェックインをしてから何か軽く食べるつもりだったが、午後10時を過ぎ売店・レストラン階にも人影はない。
しかし、食費補助なんて欠航による損害の何らの本質的な補償にはなり得ていない。
長時間協議し、深夜の空港で待ち続けて得た結論にしてはあまりにばかばかしい。

もう午前0時近く、バンコク便に搭乗するにはもう遅すぎる。
全旅程キャンセルと決断。
このままバンコクに行ってもカトマンズ便の再開が確実ではないのなら出発することはできない。

タイ航空カウンターの情報によれば、この日バンコク経由カトマンズ行き便の予約者でチェックインカウンターに現れた者、我々二人の他3名。

3名の内2名は我々がチェックインエリアで留まっている時に現れた女性二人組で、事情を聞かされ、その場でキャンセルし引き返して行かれた。
善後策を尋ねにヨメが追っていって行ったのだが、観光ではなくて別件でのカトマンズ行とかの60台と思われる女性たちで、ごく簡単、自動的に旅程をキャンセルし、さっさと帰っていく様子。
もうお一人は「それでも行って」バンコクで運行再開を待つという男性の方とか。
あくまで夢を追いつづける男性と、いたって現実的な女性達というような印象を持ってしまう。

午前0時近くのもう人影もない関空では、とにかく本日の帰宅の交通の手配の方が先決である。

タイ航空チェックインカウンターから荷物を引き取り、急いでシャトルバス発着所、ついで南海・JR乗り場に向かう。
結局、自宅にはもう帰れず、JR関空快速の最終列車で天王寺・環状線内回り最終で大阪、タクシーで大阪のアジトに帰着。

この後、私も数日アジトで寝泊まりし、キャンセル対策事務連絡と旅行事後策を練ることになる。
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キャンセルによる清算関係事務処理経過:
タイ航空 関空<>カトマンズの航空券: 発券手数料を差し引かれ返金。
ブッダ航空 カトマンズ<>ポカラ便 :キャンセル料10パーセントを差し引かれ返金。
カトマンズで2泊を予約したホテル: 一泊分が差し引かれて返金。
関空往復費用・タクシー代等は当然ながらどこからも返金されず。
そのほかの旅行用調達品への諸費用(靴・本・サングラス、関空特急「はるか」内でさっそく紛失したリュックサック用錠前等)もあり、損金はバカにはならない。

しかし、飛行機事故はいつかは起きる。
最近のジャンボジェットの安定したフライトに慣れてしまい、嘗ての不安な航空機旅行のことを今は忘れがちになっている。
当時は着陸の度に一度は「死」を覚悟するようなハメになったもんだ。
そして無事着陸できた時には拍手も起きた。

カトマンズ空港あたりだと、気象条件等による欠航は普通にあることらしい。
欠航時にどう対処するかは格安航空券で旅行する者の自己責任の範囲内のことだ。

海外渡航にリスクは常にある。
事情も習慣も違う国に行く。
何が起きるのか、すべてが予測できるわけではない。

飛行機はいつか落ち、人はいつか死ぬ。
今回、私は死ななかった。
それだけのことだ。

というようりも、今回は少しはその気にもなり、せっかく盛り上がってやったというのに。
そそっかしいどこか外国の神様が落とす飛行機をどうも間違えたらしい。

いや、間違えてたのではなく、何事かの運命的配慮があり私の「カトマンズ行き」が成就することを意図的に阻止されたのか・・・

思わぬエアポケットに落ち込んだような、妙に中途半端な状態でその後の数日を過ごす。
冷静に考えてみると私の足はとてもトレッキングに行けるような状態ではなかった。
「それでよかったのだ」という声がどこか遠くの方から。

いたしかたなし、ではヒマラヤの代わりに富士山でも?
        --->> 「しかたなし富士紀行」へ。

                 ======>> 小説版 「カトマンズで死ぬということ」



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